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大日本印刷株式会社CDC事業部年史センターが1972年(第1号)から1988年(第30号)まで発行していた小冊子に「ねんりん」があります。
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000030636-00

創刊号(1972年4月発行)第1ページの同社取締役加藤美方氏による「発刊にあたって」には、「この小紙が、みなさま方の年史編集に多少とも参考になり、座右に置かれまして、ご活用いただければ、望外の幸せ」とあります。

「ねんりん」第30号の「『ねんりん』30号までの年輪:総目次を兼ねて」と「総索引」から海外における会社史と日本の社史の相違に関する記事を拾ってみました。

【1】「外国会社の社史」 小林薫(産業能率短期大学教授、経営評論家) 第6号(1973年7月)

日本の社史との違いとして
①海外では10年や20年のスパンでは会社史をまとめない。50年ぐらいのスパンで作る。
②筆者は海外の場合、第三者、あるいは第二・五者ぐらいの(会社との)距離感のある外部のプロに依頼する場合が多い。
③人間史に主眼を置こうとすることが多い。
の三つを上げています。

日本の社史は、「あまりにも中立的、あまりにも超党派(バイバーティザン)、そしてあまりにも、事実列挙に終始したのではなかったろうか」と指摘しています。海外の会社史は押し並べて明確な史観を打ち出しているということのようです。その理由に次の4つの要因を上げています。(原文のママ)

(1) 社史を単にセレモニーやお義理として作成する
(2) 濃厚なPR意識の欠如
(3) 社史担当部門を人事吹き溜まり的なものとして処理する
(4) 日本の企業経営そのものの総もたれ性と、あいまい性の反映

【2】「『海外向け社史』への期待」 中川敬一郎(東京大学名誉教授、経営史学会会長) 第25号(1985年11月)

著者はかねてより日本企業の真の姿を海外の人々に理解してもらうには社史を読ませるのがよいと考えてきました。しかし、海外の人々に社史を読んでもらうのも容易なことではない、なぜならば、海外では著者責任の明白でない刊行物(発行者が企業自身である社史もこれに含まれる)に対する信頼性が低いことが一つ。また、日本の社史がバランスのとれた記述を重視しすぎ、会社の発展のきっかけとなった重要な意思決定の過程とその意思決定にもとづく経営努力にあまり重きを置いていないことにあるとみているようです。

著者の親しい海運経済学者の提言が引用されています。

「有能な海運経済学者を育てるためには、若い研究者にまず海運会社の社史を執筆させるべきである」

年史作成の目的はいったい何であるのか考えざるをえません。

【3】「海外の社史」  第27号(1987年10月)

これは無署名の記事です。【1】の小林薫氏の文章と、米川伸一「社史の国際比較」(日本経営史研究所『経営と歴史』1983年)の二つの文献を参考にした記事です。

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