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以下の記事は、一般社団法人如水会発行『如水会々報』2017年3月号より、同会の許諾を得て転載するものです。


一橋大学に大学文書館(アーカイブズ)を

松崎裕子 (63社)

『如水会々報』2016年11月号「ラウンジ」欄に掲載された大久保秀典様の「貴重資料の宝庫・学園史資料室の有効活用を!」を拝読させていただいた。筆者は2004年から公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターで企業アーカイブズの振興に取り組むとともに、株式会社アーカイブズ工房代表取締役として企業史料の整理・活用の実務・コンサルティング・教育研修業務にも携わっている。日頃より一橋大学における歴史的に価値ある文書の保存・管理・公開状況が、他大学から大きく遅れている状況を憂慮してきたため、大久保様のご提案にいたく心を動かされた。この小文では、他大学における歴史的な文書や資料の保存、管理、公開の現況について、企業アーカイブズの状況を交えながら、ご紹介させていただく。

さて、アーカイブズとは何か。それは組織が作成したり、組織外から収受した文書記録のうち、歴史的に重要で長期に保存する必要があるものを管理・提供する部署や施設であり、文書館とも称する。歴史的に重要な資料自体もアーカイブズと呼ばれる。私が専門とする企業アーカイブズの場合、企業活動を通じて会社が作成するさまざまな記録・資料それ自体と、これらを保存、管理、提供・活用する部署を指す。企業のアーカイブズは、今日までの事業の証拠(エビデンス)としてアカウンタビリティを支え、それによって会社への信頼を高める。さらに、企業文化を伝えるメディアとしての役割を果たし、企業活動に永続性を与える。激しい環境変化にさらされる今日、企業がサステナブル(持続可能)であり続けるために、アーカイブズはますます必要なものと認識されつつある。

日本では、明治以来、図書館、博物館の制度は社会に根付いたが、アーカイブズ(文書館)の発達は遅れた。国のレベルでは英国で1838年に、米国では1934年に国立公文書館が設置された。日本の国立公文書館の場合、1971年に開館したものの、公文書管理について定めた法令(公文書等の管理に関する法律)が初めて制定されたのは2009年、ごく最近のことである。この法律の制定によって、国の行政機関と独立行政法人等(国立大学法人を含む)では、業務の過程で作成・収受した公文書(正確には国の行政機関の場合は「行政文書」、独立行政法人や国立大学法人などの場合は「法人文書」)を適切に管理し、歴史的に価値ある文書に関しては国立公文書館に移管し、永久保存し、一般の国民に提供することが定められた。国立大学法人もこの法律に従う必要が生じた。

この法律では、歴史的に価値ある文書を国立公文書館に移管せず、各大学の中に「国立公文書館に類する機能を有するものとして、公文書管理法に基づき定められた施設」において管理するオプションも用意された。旧帝国大学をはじめ、一橋大学と縁の深い、東京外国語大学や東京工業大学はこちらを選択し、自分たちが作成・収受した文書記録を自校内で、法律に定められた適切な施設において、また多くの場合、文書管理についての専門的教育を受けたアーキビストを配置して、管理している。国立公文書館のウェブサイトによれば、2016年11月6日現在、こちらのオプションを選択した機関は次の通りである。

宮内庁宮内公文書館
外務省外交史料館
日本銀行金融研究所アーカイブ
東北大学学術資源研究公開センター 史料館公文書室
東京大学文書館
東京外国語大学文書館
東京工業大学博物館資史料館部門公文書室
名古屋大学大学文書資料室
京都大学大学文書館
大阪大学アーカイブズ
神戸大学附属図書館大学文書史料室
広島大学文書館
九州大学大学文書館

(注─旧帝国大学のうち、北海道大学は現在内閣府に指定申請中)

これらのアーカイブズでは、総務課をはじめとする事務組織から文書の移管を受けてこれを管理・公開するほか、大学史上重要な役割を果たした過去の学長や著名な研究者等に関する資料も寄贈・寄託を受けて管理・公開している。

一橋大学の場合、残念なことにアーカイブズの整備が大幅に遅れている。国民の求めに応じて公文書を開示するにあたっては、情報公開法で対応している。情報公開という趣旨では問題はないものの、歴史的に価値をもつ文書の長期保存と公開・利用のためには、本来であればアーカイブズ(文書館)に移管して管理・公開するのがよりよいモデルである。実はすでに小平の旧図書館はリモデルされて大学文書館に即対応できるよう整備済みである。にもかかわらず、現在のところ内閣府からの「国立公文書館に類する機能を有するものとして、公文書管理法に基づき定められた施設」の指定に向けた動きはまったくなされていないようである。

また、国立大学に限らず、私立大学・公立大学を含めた大学における大学史の編纂と資料保存に関する情報交換や交流の場として、1980年代から、全国大学史資料協議会が活動している。先に上げた国立大学のほか、早稲田、慶應義塾、上智、明治、法政、立教、学習院、青山学院、立命館、同志社をはじめ、全国で60以上の大学が加盟している。残念ながら、一橋大学はここにも未加盟である。

企業アーカイブズに目を向けてみると、フォーチュン500に登場するような欧米の企業にはアーカイブズ部署が設置され、過去の文書記録や情報を確実に保管・管理・提供し、アカウンタビリティと企業文化継承・ブランディングのための情報基盤としている会社が数多くある。筆者が業務上頻繁に交流している企業アーカイブズには、イングランド銀行、HSBC(香港上海銀行)、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド、ロスチャイルド(以上英国)、コカ・コーラ社、マッキンゼー社、IBM社(以上米国)、ホフマン・ラ・ロシュ社(スイス)、マースク社(デンマーク)、ゴードレージ社(インド)などがある。

日本のビジネス界では、1981年に当時の経団連の花村仁八郎副会長・事務総長が音頭を取り、企業史料協議会が結成された。現在の会長は歌田勝弘元味の素会長である。会員企業は社内における過去の歴史的な文書資料やモノ資料の保存、整理、活用に熱心に取り組んでいる。同協議会にはトヨタ自動車をはじめとする、各業界を代表する企業のアーカイブズが加わっている。

さらに近年は、社史編纂のために収集した資料を基に、アーカイブズを整備し、社員教育やブランディング、あるいは企業ミュージアムに役立てるほか、グローバリゼーションに伴い、ガバナンス強化や情報開示を進めていく基盤にしようという動きも活発化している。

グローバル化は一方でデジタル化を伴っている。諸外国の企業・大学は、自分たちの過去の歴史に関する情報、場合によっては歴史資料自体をインターネットで世界に提供し、組織の広報・マーケティング・情報開示のツールとしている。大学も世界中から優秀な学生を集めるために、自分たちの過去のヘリテージを活用している。日本国内の例であるが、2016年度に内閣府から前記の指定を受けた東京外国語大学文書館のアーキビストによると、同大における文書館設置は「大学の広報機能の強化のため」と明確に位置付けられているという。そのため展示やフェイスブックなどを通じて積極的に大学の歴史情報を発信している。

大学も淘汰の時代に入っている。過去において輝かしい栄光と持つ組織といえども、永遠に盤石ではありえない。大学という存在もゴーイングコンサーンであり続ける意志を明確にする必要がある。企業の第一線の方々の目にはなかなか触れない分野であるが、アーカイブズの視点から眺めてみると、一橋大学の学園史資料関係のリソース(歴史的に価値ある法人文書、歴史資料等)の保存・管理・活用は、変化の激しい今日の環境の中で生き残っていくための情報基盤としては、まことに心もとない状況であると言わざるを得ない。

(日本アーカイブズ学会登録アーキビスト、(株)アーカイブズ工房代表取締役)

*国立公文書館に類する施設
http://www.archives.go.jp/links/#Sec_01

*全国大学史資料協議会
http://www.universityarchives.jp/membership.html

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(補記)

上の記事の公開後、北海道大学大学大学文書館公文書室筑波大学アーカイブズが内閣府からの指定を受けました。