タグ
Archivematica, Archon, AtoM, オープンソース, ディスカバリー, Calm, Discovery, 記述, 記述標準, ICA, ISAD(G), NRA, Omeka, TNA
This work is licensed under a Creative Commons Attribution 4.0 International License.
——————–
■TNAのディスカバリー・サービス導入
10年と少し前にビジネス・アーカイブズに関わる仕事を始めて以来、イギリス国立公文書館(TNA)のNRA(National Register of Archives、特にビジネス・レコード・インデックス)とアーカイブズ機関情報に関するARCHONディレクトリ、そしてアメリカ・アーキビスト協会(SAA)の企業団体アーカイブズ・ディレクトリは、私にとってずっと、ビジネス関連レコード/アーカイブズ(資料と機関)所在情報のデータベース化・組織化のベンチマークとなってきました。NRAに関しては、3年前に森本祥子氏による日本語文献が公刊されて、イギリスにおけるアーカイブズ所在情報組織化の歴史的な経緯の理解が格段に進んだと思います。その後国立公文書館の渡辺悦子氏によるイギリスでのアーカイブズ機関の連携に関する論文が公開され、TNAが管理する複数の検索システムやデータベースの統合による新たなサービス「ディスカバリー」の紹介も進みました。(TNAではディスカバリー・サービスの提供開始とともに、個々の検索サービスの提供は停止したため、以下ではウェブアーカイブズからのスナップショットを記載しておきます。)
【TNA: NRAディレクトリのスナップショット(2013年9月20日)】
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20130920012334/http://www.nationalarchives.gov.uk/nra/default.asp
【TNA: ARCHONディレクトリのスナップショット(2008年1月7日)】
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20080108014935/nationalarchives.gov.uk/archon/
【SAA: 北米における企業団体アーカイブズ機関ディレクトリ】
http://www2.archivists.org/groups/business-archives-section/directory-of-corporate-archives-in-the-united-states-and-canada-introduction#.VzKBh9KLTcs
【TNA: Historical Manuscripts Commission】
http://www.nationalarchives.gov.uk/archives-sector/hmc.htm
【Royal Commission on Historical Manuscripts(1869年設置)についての日本語文献】
ノーマン ジェイムズ. 森本 祥子. 翻訳. イギリスにおける民間アーカイブズ : その保存へのとりくみ. アーカイブズ学研究 / 日本アーカイブズ学会 編.. (19):2013.11. 70-87 ISSN 1349-578X
https://ndlopac.ndl.go.jp/F/?func=full-set-set&set_number=852174&set_entry=000001&format=999
【TNA: ディスカバリー】
http://www.nationalarchives.gov.uk/about/our-role/plans-policies-performance-and-projects/our-projects/discovery/
http://discovery.nationalarchives.gov.uk/
【TNAディスカバリーについての日本語文献】
渡辺 悦子. イギリス国立公文書館の連携事業. アーカイブズ / 国立公文書館 編.. (54):2014.10. 50-60 ISSN 1348-3307
https://ndlopac.ndl.go.jp/F/?func=full-set-set&set_number=853312&set_entry=000001&format=999
(本文PDF)
http://www.archives.go.jp/publication/archives/wp-content/uploads/2015/03/acv_54_p50.pdf
さらに、昨年(2015年)10月に福岡で開催された国際アーカイブズ評議会東アジア地域支部(EASTICA)総会・セミナーにはTNA商務・デジタル関係担当ディレクターのメアリー・グレッドヒル氏が参加、ディスカバリーに関する詳しい説明もありました。
【「英国国立公文書館におけるボーンデジタル記録管理の課題」】
メアリー・グレッドヒル(英国国立公文書館商務・デジタル関係担当ディレクター)
(要旨・本文PDF)
http://www.archives.go.jp/news/pdf/151106gledhill_ja.pdf
http://www.archives.go.jp/news/20151106.html
※関連文献として下記も上げておきたいです。 齋藤歩(学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻博士後期課程) 「アーカイブズのデジタル化がめざすもの」(2016年1月5日) http://www.ameet.jp/digital-archives/digital-archives_20160105/
TNAの2015年11月4日付ブログ記事によると、この時点でディスカバリーはTNAと英国国内2500のアーカイブズ機関が所蔵する記録に関する3,300万件の記述へのアクセスを提供しています。
【More comprehensive Discovery】
http://blog.nationalarchives.gov.uk/blog/comprehensive-discovery/
TNAの新サービスを初めて耳にした当初(2012~3年頃)は、それはアーカイブズに関わる複数のデータベースを横断検索するシステムで、”Discovery”なる名称は単なる固有名詞だろうと素朴に受けとったものでした。しかし、どうももやもやしたものを感じたまま、「ディスカバリー」がずっと気になっていました。
■図書館界での「ウェブスケールディスカバリー」に触れて
そこで、思い立って手にとってみたのが『図書館を変える!ウェブスケールディスカバリー入門』です。これは大学図書館(佛教大学図書館)に勤務する著者が「ウェブスケールディスカバリー」と呼ばれるサービスを日本で初めて導入した事例を詳しく解説紹介した本です。
飯野勝則 著. 図書館を変える!ウェブスケールディスカバリー入門. ネットアドバンス ; 出版ニュース社 (発売), 2016.1. 270p ; ISBN 978-4-7852-0156-2 :
https://ndlopac.ndl.go.jp/F/?func=full-set-set&set_number=971079&set_entry=000001&format=040
本書によると、図書館業界における「ディスカバリーサービス」とは、電子コンテンツが増大するなか、「紙」と「電子」の多様なコンテンツを一元的に管理し提供するために生まれた新しいOPAC、ということです。と言いつつ、TNAのディスカバリー(Discovery=常に大文字のDで始まる名称)と図書館界のディスカバリーサービスの関係は今一つはっきりとはしません。”資料利用者の利便性を高めるために、発達しつつあるテクノロジーを使って実現した、より高度な検索サービス”というほどの共通項なのかなぁ・・・と思いつつ本書をひも解いてみたところ、この問題とは別な部分に目が釘付けとなりました!
それは本書が「日本化」と呼ぶ取り組みです。「日本化」は本書のテーマそのものです。どう言うことかというと、ウェブスケールディスカバリーサービスを提供するベンダーは本書執筆時点では四つ、すべて海外のベンダーでした(OCLCのWorldCat Local、ProQuestのSummon、EBSCOのEBSCO Discovery Central、Ex LibrisのPrimo Central、同書35ページ)。佛教大学図書館ではこの4者のうち、ProQuestのSummonを日本で初めて導入、そしてローカラズ(日本化)=日本語に対応させることに取り組みました。(著者は日本化には二つの側面、一つはシステムの日本語化であり、もうひとつはコンテンツの日本化=すなわち日本語コンテンツを増やすことであると説明しています。同書99ページ)
一方、図書館のシステムはどうかというと、多くは国内ベンダーによって提供されているようです。例えば、ブログ「よしなしごと」(2016年1月11日)によると、国立大学法人26校の図書館システムのベンダーは2016年には、NTTデータ九州、富士通、NEC、リコー、日本事務機、丸善・京セラなどの国内企業です。
国立大学法人の図書館システム(2016)
http://otani0083.hatenablog.com/entry/2016/01/11/182900
翻ってアーカイブズに関わるシステムの状況はというと・・・。私が知るかぎり、日本国内の企業の資料室(アーカイブズ)で、アーカイブズ専用システム(ここで「専用」として念頭に置いているのは、アーカイブズの原理すなわち出所に基づく編成・記述という考え方を採用したものです)を利用しているという事例を耳にしたことはなく、図書館や博物館向けの資料管理システム、あるいは社史編纂のための年表作成ツールとして開発されたシステムを資料登録管理のために利用しているという例がほとんどです。エクセルやファイルメーカーといった汎用の表計算ソフトやデータベース・ソフトウエアで一から作り上げる、という方法をとっているところも多いと思います。
【イギリスの例:Calm】
そこで海外に目を向けるとどうでしょうか。イギリスの場合、アーカイブズ機関の多くが利用するAxiell ALM社提供のプロプライエタリなシステム、Calmがあります。自治体や大学アーカイブズに加え、イングランド銀行、HSBC、ガーディアン、マークス&スペンサー、ユニリーバ社、ウェルカム財団といった企業・団体アーカイブズでもCalmは利用されています。ユーザ機関は400を超えます。
Calmの特徴は ISAD (G)、EAD、EAC、ISAAR (CPF)、OAI-PMH、RDF、SPECTRUMといった国際標準に準拠したつくりになっており、アーカイブズ資料の持つさまざまな階層性をシステム上に再現し、コンテクスト情報を提供できる点にあります。画像ビュー、典拠ファイル(名称、場所、主題、事項、事件、期間)、主題シソーラス、貸し出し管理、修復状況管理、アクセス提供(CalmView)、アクセス権限管理、分類、検索、EADインポート/エクスポート、その他の機能を備えています。
(Axiell ALM社)
http://alm.axiell.com/solutions
(Calmに関する説明:PDF)
http://alm.axiell.com/sites/default/files/Calm%20ALM.pdf
Calmを利用しているイギリスのアーカイブズ機関は非常に多いのですが、ロンドンの著名な銀行アーカイブズのアーキビストに直接聞いた話によると、同行アーカイブズではファイルメーカーを利用しているということでした。このようなアーカイブズはもちろん他にも存在するでしょう。
【韓国での取り組み:オープンソース・ソフトウェア】
韓国での記録管理学・アーカイブズ学教育の中心機関のひとつ、韓国国家記録研究院副院長であるイム・ジンヒ氏の講演(2014年6月21日、学習院大学にて)は、オープンソース・ソフトウェアを利用して民間アーカイブズを普及するという活動に関するものでした。わたしもこの講演会に参加しました。その講演内容は、学習院大学大学院アーカイブズ学専攻が発行する年報『GCAS Report』第4号(2015年2月28日発行)に全文収録されています。
任 眞嬉. 元 ナミ. 訳. 金 甫榮. 訳. 講演 韓国におけるオープンソース・ソフトウェア記録システムの普及活動 : 〈記録文化〉を浸透させるために. GCAS report = 学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻研究年報 / 学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻 編.. (4):2015. 6-22 ISSN 2186-8778
https://ndlopac.ndl.go.jp/F/?func=full-set-set&set_number=976026&set_entry=000001&format=999
http://www.gakushuin.ac.jp/univ/g-hum/arch/02gcas-report.html
韓国では日本より10年早い1999年に公文書管理に関する法律「公共機関の記録物管理に関する法律」が制定され、これを嚆矢として公共部門における電子記録管理、アーカイブズ管理が飛躍的に進展したのでした。イム先生の講演によると、近年アーキビストたちは民間におけるアーカイブズ構築に着手し、その中でシステム構築の方向性が議論になったといいます。
「民間アーカイブズ(※)では、システムを構築するにあたって、さまざまな困難に直面していました。サーバーの確保やソフトウェア購入費用などは、民間アーカイブズにとって大きな負担でした。システムを構築するとしても、持続的に維持することが可能なのかという問題がありました。また、記録システムをまったく扱ったことのないアーキビストが、備えていなければならない機能要件を整理することは不可能でした。私は多くの民間アーカイブズをコンサルティングする中で、このようなシステムの問題の存在を知ることができました。
結局、私は2013年春、一つの決心をします。オープンソース・ソフトウェアを利用して記録システムを構築してみようということでした。そうすればまず、システムの構築費用は安くすむでしょう。そして、多くのアーカイブズが共通のオープンソース・ソフトウェアを使うことによって、技術的な問題を共同で解決していくことも可能となります。さらに、アーキビストたちがシステムを経験することによって、今後、高度なシステムを設計する能力を身につけることもできるでしょう。」(8ページ)
(※)ここで言う民間アーカイブズとは、欧米でcommunity archivesと呼ばれるようなものと考えられます。日本で「民間」というと企業なども含まれることが多いのですが、ここでは企業のアーカイブズは想定されていないようです。
イム先生たちは、記録の登録と記述のためには「AtoM」、長期保存には「Archivematica」、「基本目録の管理とオンライン展示のためには「Omeka」をオープンソース・ソフトウェアとして選びました(9ページ)。(AtoMに関しては後述)
■オープンソース・ソフトウェア
日本でもオープンソース・ソフトウェアの利用の試みの事例があります。2011年7月11日に開催された全史料協(全国歴史資料保存利用機関連絡協議会)近畿部会のテーマは「オープンソースのアーカイブ資料管理情報システム:日本語化の取り組みと試用実践の一例」で、講師は京都大学研究資源アーカイブ・デジタルコレクションアーキビストの五島敏芳氏でした。最初に五島氏の講演があり、続いてワークショップ形式でオープンソース・ソフトウェア(Archon)を用いて実際に参加者が資料登録を行いました。
http://www.jsai.jp/iinkai/kinki/e20110702.html
http://togetter.com/li/974084
五島先生の講演でも触れられていたように、当時はArchonのほか、Archivists’Toolkit(AT)やICA-AtoMなどのオープンソース・ソフトウェアが利用可能でした。その後2013年の9月に、ArchonとATを統合し新たな機能を付加したArchivesSpaceがリリースされています。ArchivesSpaceはウェブ上の次世代アーカイブズ情報管理システムであり、紙・電子・紙と電子のハイブリッド状態での記録の収集・記述・編成、典拠と権利の管理、レファレンス・サービスのための機能を備えています。加えてオーサリング・ツールの機能では、EAD, MARCXML, MODS, Dublin Core, and METS 各フォーマットでメタデータを生成することもできます。
http://www.archivesspace.org/overview
http://archivesspace.org/programtimeline
一方、イム先生の講演で言及されていたAtoMは、もともとはユネスコの資金を得て、2005年から国際アーカイブズ評議会(ICA)がカナダのArtefactual社と共同で開発、無償で提供してきたアーカイブズの記述とその目録のオンライン公開用ソフトウェアです(多言語対応)。当初はICA-AtoMというブランド名でした。しかしその後Artefactual社は独自に開発を進め、ICA-AtoMとAtoMという二つのバージョンが併存する状況となりました。結局、2015年以降ICM-AtoMの開発・バージョンアップは停止し、現在はArtefactual社のAtoMのみが継続的に更新されています。AtoMはICAが定めたアーカイブズに関わる国際標準(ISAD(G)等)に完全に準拠したソフトウェアです。
http://www.ica.org/en/ica-statement-access-memory-atom-0
https://www.artefactual.com/ica-publishes-position-statement-on-atom/
■おわりに
ここまでややまとまりなく書いてきましたが、私がささやかながら主張したいことは、事業活動の証拠と組織の記憶の保存・継承・活用のためのアーカイブズ管理を支えるシステムやソフトウェアの開発がこれからもっともっと盛んになってほしい、ということです。その際、記録資料の特性を最もよく活かすような資料の組織化・公開を可能にするものが必要だろう、ということです。オープンソースでもよいですし、プロプライエタリのものでもよいです。使いやすく、安定したものがいいですね。場合によっては海外製品のローカライズ(日本化)であってもよいのでは。TNAのディスカバリーは3,300万件のアーカイブズ記述情報へのアクセスを提供しているそうです。記述情報(つまりメタデータ)のデジタルなシステムへの登録を増やし、アクセスの対象を広げるためにも、使いやすいシステムが必要であろう、と考えた次第です。