先週木曜日(2015年12月10日)、企業史料協議会主催第20回ビジネスアーキビスト研修講座で「多様な価値を持つ企業アーカイブズとは」というタイトルのお話をさせていただきました。内容は、企業内においてアーカイブズが持ちうる価値の多様性、そしてそうした価値を実現するための企業アーキビストの基本的な業務のあり方についてです。
毎年の受講者の方の中には、アーカイブズ・資料室に異動して間もない方もおられますので、アーカイブズ整理の基本的事項(原秩序の維持や出所の原則など)もお話するようにしています。そういった基本的な事項の一つとして、紙資料の保存修復について、全国歴史資料保存利用機関連絡協議会監修『文書館用語集』(大阪大学出版会、1997年)123ページの「保存修復の四原則」の記述に基づいて、「可逆性の原則」「安全性の原則(資料に安全な方法であること)」「原形保存の原則」「記録の原則」をこの順番で、「国際図書館連盟の提唱による」(同ページ)ものとしてご紹介しました。
後日、受講生の方から、この「四原則」の順番は最近の資料保存の考え方とは少し異なるのではないか、とのご質問をいただきました。そこで、「国際図書館連盟(IFLA)資料保存の原則(1979年版)」原本の所在などについて資料保存に詳しい安江明夫先生(学習院大学大学院講師、企業史料協議会副会長、元国立国会図書館副館長)に問い合わせてみたところ、下記のようなお答えをいただきました(注)。
安江先生のご了解をいただきましたので、この場にてアーカイブズに関心をお持ちのみなさまがたと共有したいと思います。
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お問合せに対する返答
安江明夫
「IFLA資料保存の原則(1979年版)」は部分的ですが、『IFLA資料保存の原則』(日本図書館協会、1987年刊)に翻訳・掲載されています。
『文書館用語集』に示された原則の「IFLA資料保存の原則(1979年版)」原本での原則列挙の順序を知りたいということでしたら、上記図書を参照して下さい。
なお、「IFLA資料保存の原則(1979年版)」は1986年に改訂版、1998年に三訂版が刊行されましたが、改訂版、三訂版はコンサベーション(保存修復)の原則には触れておらず、改訂による保存理解の進展とコンサベーションの原則は関係しません。(とは言え、特に1990年代以降は多くの国で修復restorationという用語を使用しなくなっていますが。)
お問合せについて、私なりに論点を整理してみます。(以下の頁数は邦訳『IFLA資料保存の原則』の該当箇所。)
「1979年版IFLA資料保存の原則」は、まず「6. 修復に関する一般的所見」の項で次のように述べます。(以下、抜粋。)
「・・・修復の過程にはそうした変更がつねに伴う(後略)。修復に際しては、修復後の資料にもとの資料の機能的、視覚的、触覚的性質をできるだけ多く残すことを目指すべきである。」(6.1, p.38)とし、修復は資料の原資料性(オリジナリティ)を必ず損なう、修復する場合には原資料の種々の性質をできるだけ多く残すべき、と記しています。それが次に続きます。
従って「どうしても避けられない場合以外は、修復はすべきでない。」(6.2, p.38)
とはいえ、それでも修復が必要となる場合があります。その時は「処置前の資料の状態と処置の詳細の記述や写真は、修復がもたらした変更の完全な証拠を示すものとして必須である。」(6.8、p.39)、と「記録」が不可欠と示します。
そのうえで次項「7. 資料本体と紙葉の修復」で、「修復の材料とその使用技術の選択に際しては、適合性、耐用性、安全性、可能な限りの処置の可逆性、をまず考慮すべきである。」(7.2. p.40)としています。ここで「材料の安全性」「適用する技術の可逆性」ほかの作業上の要点を指摘しているのです。
以上でわかりますとおり、「IFLA資料保存の原則」は「4原則」などとはしていません。また「原資料性の尊重」が言わば大原則であり、その原則を貫くために「できるだけ修復を避ける」「修復が避けがたい場合には必ず記録を作成する」と説き、その次に保存修復実務の作業上の留意事項として「材料の安全性」「技術の可逆性」ほかを示しているのです。この異なるレベルでの指摘を、『文書館用語集』等では「4原則」としてやや雑にまとめ、横並びにして提唱しています。この点は、特に「国際図書館連盟の提唱による」とするのでしたら、問題があるでしょう。
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『IFLA資料保存の原則』(日本図書館協会、1987年刊)について
国立国会図書館サーチ
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001882786-00
(注)問い合わせは、㈱TTトレーディング テクニカルアドバイザー 神谷 修治さんのおかげで迅速にお答えを得ることができました。記して感謝申し上げます。