筆者は以前、大学院レベルのレコード・マネジメントの教科書Elizabeth Shepherd , Geoffrey Yeo, Managing Records: A Handbook of Principles and Practice, 2003の翻訳に関わったことがある。これは森本祥子他訳『レコード・マネジメント・ハンドブック:記録管理・アーカイブズ管理のための』として2016年に日外アソシエーツから出版された。
http://www.nichigai.co.jp/cgi-bin/nga_search.cgi?KIND=BOOK1&ID=A2611
原書で用いられているrecordとdocumentはそれぞれ「レコード」「ドキュメント」という日本語をあてた。訳書ではそれぞれ次のような説明がなされている。(本書全体を読む時間がない方も、以下の部分を含む第1章はぜひ一読をお勧めする。訳は平野泉氏。)
「本書では、ある活動の記録された証拠であれば何でもレコードであるととらえることにする。
レコードを定義するのは、物理的フォーマットでも、保存のための媒体でも、作成からの経過期間でも、長期に保存されるという事実でもない。またレコードは、単に記録された情報の一形式だというわけでもない。レコードの本質的な特徴は、それがある特定の活動についての証拠を提供するという点にある。」(訳書21ページ)
「ドキュメントという語は、日常会話でも、法律やコンピュータ関連の専門分野などでも、さまざまな使われ方をしている。レコード・マネージャーの中には、ドキュメントとレコードを同義語であるかのように用いる人もいれば、ドキュメントを「未完成の状態で、レコードとして取り込まれていないもの」と定義する人もいる。本書は、どちらの用法にも従わない。
より有益なのはローベック、ブラウンおよびスティーブンス(Robek, Brown and Stephens, 1995.4 )の定義である。彼らによれば「ドキュメント」とは、通常「『最小のファイリング単位』であり、一般的には書簡、様式、報告書その他、ファイリングシステム内に保管される単一のアイテムを意味する」。ロバーツ(Roberts, 1994, 19)は、さらに二つの性質を挙げている。彼によれば、ドキュメントは「他のドキュメントとは別個に識別可能」なものであり、ドキュメントを構成するテキスト上の(そして時に視覚的な)要素間には論理的関係があるという。これらの定義は、紙媒体のドキュメントにも、電子ドキュメントにも適用可能である。
・・・(中略)・・・
未記入の申請書、絵はがき、広報用ポスター、参考図書もドキュメントではある。しかしそれはレコードではない(図1.6)。書式類は、それが記入され、何らかの行動を開始するために伝達されればレコードとなる。」(訳書36-37ページ)
ところで、非英語圏のレコード・マネジメントやアーカイブズ関連の文献では、recordはあらわれない(当然ですが)。国や地域による伝統と国際標準をどう考えたらよいのか、といったことも頭をよぎる…。
記録管理に関わる国際標準ISO15490-1(2016)Information and documentation — Records management — Part 1: Concepts and principles は英語版の他にフランス語版も発行されている。Information et documentation — Gestion des documents d’activité —Partie 1: Concepts et principes。そこで、英語におけるrecordはフランス語では何と表現されるのか、単純に比較してみた。
Recordの定義に関わる3.14はそれぞれ次のような文章である。
—————
3.14
record(s)
information created, received and maintained as evidence (3.10) and as an asset by an organization or person, in pursuit of legal obligations or in the transaction (3.18) of business
3.14
document(s) d’activité
informations créées, reçues et préservées comme preuve (3.10) et actif par une personne physique ou morale dans l’exercice de ses obligations légales ou la conduite des opérations (3.18) liées à son activité
—————
つまり、record = document(s) d’activité である。recordとは活動に関わる文書、という形で両者を等しいものとしている。
なおつい先日(2019年11月20日)発行された、ISO15489-1(2016)を元にしたJIS X0902-1(2019)は英語版からの翻訳である。
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EUが2016年4月に定めた「個人データの取扱いと関連する自然人の保護に関する、及び、そのデータの自由な移転に関する、並びに、指令95/46/EC を廃止する欧州議会及び理事会の2016 年4 月27 日の規則(EU) 2016/679」(いわゆるGDPR)にもrecordに関する規定がある。第30条では記録すべきものとして「取扱活動の記録」(英語版はRecords of processing activities)を規定する。これは個人データそのものの話ではなく、データの管理者(controller)側の話である。管理者が保管すべき、取扱活動の記録(record)とは何かを定めたもの。なお、GDPR自体にはこの記録の保管期間に関する定めは見当たらない。別に調べる必要がある。
ここではこの30条の内容には立ち入るわけではない。記録管理という専門的な分野に関する規定ではなく、EUの一般的な公文書ではrecordはどう翻訳されるのかについての覚えとして、各国語版の第30条のタイトルを抜き出してみた。
GPPR30条
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1574224439100&uri=CELEX:02016R0679-20160504
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1574224439100&uri=CELEX:32016R0679
日本語(個人情報保護委員会による仮訳)では
「取扱活動の記録」
https://www.ppc.go.jp/files/pdf/gdpr-provisions-ja.pdf
ブルガリア語 BG
Регистри на дейностите по обработване
スペイン語 ES
Registro de las actividades de tratamiento
チェコ語 CS
Záznamy o činnostech zpracování
デンマーク語 DA
Fortegnelser over behandlingsaktiviteter
ドイツ語 DE
Verzeichnis von Verarbeitungstätigkeiten
エストニア語 ET
Isikuandmete töötlemise toimingute registreerimine
現代ギリシア語 EL
Αρχεία των δραστηριοτήτων επεξεργασίας
英語 EN
Records of processing activities
フランス語 FR
Registre des activités de traitement
アイルランド語 GA
Taifid de ghníomhaíochtaí próiseála
クロアチア語 HR
Evidencija aktivnosti obrade
イタリア語 IT
Registri delle attività di trattamento
ラトビア語 LV
Apstrādes darbību reģistrēšana
リトアニア語 LT
Duomenų tvarkymo veiklos įrašai
ハンガリー語 HU
Az adatkezelési tevékenységek nyilvántartása
マルタ語 MT
Reġistru tal-attivitajiet ta’ pproċessar
オランダ語 NL
Register van de verwerkingsactiviteiten
ポーランド語 PL
Rejestrowanie czynności przetwarzania
ポルトガル語 PT
Registos das atividades de tratamento
ルーマニア語 RO
Evidențele activităților de prelucrare
スロバキア語 SK
Záznamy o spracovateľských činnostiach
スロベニア語 SL
Evidenca dejavnosti obdelave
フィンランド語 FI
Seloste käsittelytoimista
スウェーデン語 SV
Register över behandling
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【参考】
中島康比古「記録管理の国際標準ISO15489-1の改定について」
ISO15489の改訂内容について知るための最良の文献です。
http://www.archives.go.jp/publication/archives/no061/5131
ISO 639言語コード
https://www.asahi-net.or.jp/~ax2s-kmtn/ref/iso639.html