齋藤歩「日本における『近現代建築資料』の特性把握:統計的仮説検定とアーカイブズ学を用いて」をご恵送いただきました。

著者である齋藤さんの研究は、1970年代以降米国で急速に発展を遂げた建築レコードのアーカイブズ管理技法を、日本の資料に適用する場合、どのようなケースが有効か、を特定することを目指しています。そのために、日本の建築分野の資料の特性を把握する必要があるのですが、これまで行われてきた建築関連資料の所在調査(2013年度と2014年度に文化庁が日本建築学会に委託した事業)は、資料群の質的な分析にとどまり、量的な分析を欠いていると著者は述べています。この論文では、上の所在調査の結果を量的に分析して、「日本の『近現代建築資料』に関する多様性の内実を把握することを目的と」しています。これを行うことによって、著者は「日本における米国型技法の利用可能性が検討可能となる」と述べています。

同論文は『日本建築学会計画系論文集』第83巻第744号353-363、2018年2月)に収録されているものです。
DOI http://doi.org/10.3130/aija.83.353

本文はエンバーゴ期間1年です。
https://gakkai.jst.go.jp/gakkai/detail/?id=G00013

目次をご紹介します。

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キーワード「近現代建築資料」「統計的仮説検定」「アーカイブズ学」

【目次】

1.はじめに
1.1.本稿の目的と対象
1.2.本校における研究方法
1.3.先行研究の把握

2.調査の概要と「近現代建築資料概要リスト」の構成要素
2.1.調査の目的と本研究との関係
2.2.「資料概要リスト」の項目
2.3.小括:量的な分析の欠如

3.「資料概要リスト」のデータ整理
3.1.データ・クリーニング
3.2.「公文書館等」の新設と「4.所蔵種別」の再選択
3.3.小括:整理の結果

4.調査結果の集計
4.1.「4.所蔵先種別」の集計
4.2.「5.一般への公開状況」の集計
4.3.「8.クライテリア」の集計
4.4.小括:資料の仮説的特性

5.統計的手法を用いた分析
5.1.統計的仮説検定(1)「4.所蔵先種別」と「8.クライテリア」の検定
5.2.統計的仮説検定(2)「4.所蔵先種別」と「5.一般への公開状況」の検定
5.3.小括:検定から明らかになった資料特性

6.考察:特性の背景を探る
6.1.「4.所蔵先種別」の特性:「9.調査範囲」による調査の課題
6.2.「5.一般への公開状況」の特性:①②の背景
6.3.「8.クライテリア」の特性:③-⑦の背景
6.4.小括:特性のまとめ
6.4.1.資料の特性:「時の経過」を鑑みて
6.4.2.調査の特性と限界

7.おわりに:資料の特性と調査の課題

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5.3.にまとめられている資料特性は次のようなものです。(359ページ)

①「3.博物館・資料館」「4.図書館」「5.文書館等」は、「一般公開率」が高い(50%を上回る)
②「1.設計事務所」「6.行政・公的機関」「7.企業・団体」「8.個人」は、「一般公開率」が低い
③「a.設計者」は、「1.設計事務所」に顕著な特性が見られる
④「e.学術」は、「2.研究教育機関」「6.行政・公的機関」に顕著な特性が見られる
⑤「f.地域性」は、「2.研究教育機関」「3.博物館・資料館」に顕著な特性が見られる
⑥「c.時代性」は、「2.研究教育機関」に顕著な特性が見られる
⑦「d.対象物」は、「1.設計事務所」「6.行政・公的機関」に顕著な特性が見られる

こういった資料特性の背景を、著者は6.考察で探っています。6.1.では調査の課題として、市町村レベルの調査率の低さや国立公文書館等の主要なアーカイブズ機関への調査結果が現れないなどの、調査の偏りが指摘されています。

6.2.では著者は「『6.行政・公的機関』の『一般公開』の割合が高いとはいえない」と指摘するほか、何を持って「公開」とするのかが明確でないという指摘もあります。

この論文の最もユニークな着眼点は、アーカイブズにおける「時の経過」の考え方(この言葉は公文書管理法第6条、第15条、第16条にも登場する)によって、建築資料の特性

(i)多様な公開方法
(ii)地域性と文化施設(博物館・図書館・公文書館)の連関
(iii)特殊な保存年限(建築主による維持管理からの価値転換)

が変化する点を明らかにしたことです(361ページ)。その際、時の経過に従って、「現用と異なる価値を主張するには広い視野を備えた価値判断が求められるが、ここにアーキビストが専門性を発揮できるチャンスが潜んでいる」としている点もまた、今後さらに考察を深めていただきたい点です。

最初にこの論文を読んだとき、本論文は、米国で開発された建築レコードのアーカイブズ管理技法の普遍性検証研究の一部であり、もっぱらアカデミックな論文として読むべきものだろう、と理解しました。しかし、統計的仮説検定を受けての考察の部分をよく読んでみると、建築資料所在調査の方法論への提言、建築資料の評価選別におけるアーキビストの役割の指摘など、日本における建築アーカイブズに関わる実務にも非常に示唆的な論考、という風に私の見方は変わったのでした。